適応型エコーキャンセラーのしくみ

エコーキャンセラーの技術と関連情報 : Artifit Voice
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エコーキャンセラー | アーティフィット ボイス

エコーキャンセラーのしくみ エコーキャンセラーの仕組み | 技術と関連情報

多くの音響通話機器に搭載されている適応型エコーキャンセラーは、 適応フィルターの制御部を音響エコーのキャンセル動作用に適した処理に工夫されたものが使われています。 ここでは基本動作となる適応フィルターの動作や仕組みを中心に述べます。

適応フィルターの基本構成 エコーキャンセラーの技術と関連 - エコーキャンセラーのしくみ 適応フィルターの基本構成

適応型エコーキャンセラーの基本構成
適応型エコーキャンセラーの基本構成

エコーキャンセラーの適応フィルターは、FIRフィルターとFIRフィルターの係数を制御する係数制御部から構成され、 参照信号(Rin : 受話信号)からFIRフィルターによって空間を伝搬した音響エコーに相当する信号を作り、 マイク入力信号から引くことで空間を伝搬した音響成分を入力信号から消去する動作をしています。

適応型エコーキャンセラーのしくみ
適応型エコーキャンセラーのしくみ

制御部のアルゴリズムは様々ですが、これが適応フィルターを用いるエコーキャンセラーに共通する最も基本的な仕組みです。

伝達関数 H(n) : 適応フィルター
伝達関数 H(n)

空間を伝搬して減衰したり反射音の発生、スピーカーやマイクで起こる周波数特性や過渡特性など、 出力信号(参照信号)が入力信号に入るまでに起こる信号の変化を FIRフィルターの特性として再現できれば、入力信号から出力信号に起因する成分を除去することが可能になります。

FIRフィルターの係数が表しているものは経路の伝達を表すものなので、 伝達関数と呼ばれ、H(n)などと関数として表現されます。

FIRフィルターのタップ長 n段 : 適応フィルター

適応フィルターのタップ長と言われるのは、このFIRのタップ数、n段の部分を指します。 タップ長はFIRの段数なので、静的なFIRの特性としてはタップ数が多い方がフィルターの性能が高くなりますが、 適応フィルタの場合には、係数が動的に更新制御されていますので、タップ数が多い方が性能に勝ると単純には断言できません。

空間の伝搬状況は様々な上、逐次変化もします。 マイクを持って移動する場合などは、スピーカーとの関係は顕著に変化する極端なケースです。

適応フィルターは状況の変化に併せて動的にFIRフィルターの係数を逐次更新することで柔軟に「適応」する技術です。

適応フィルターの基本構成 : エコーキャンセラーの技術と関連情報

システム同定 エコーキャンセラーの技術と関連 - エコーキャンセラーのしくみ システム同定

伝達関数 H(n) : 適応フィルター

さて、エコー成分を抑制するためには伝達関数を求めたいのですが、 空間を伝搬する伝達関数はあらかじめ判っているわけではなく未知です。

適応フィルターには入力信号Sinと元となる参照信号Rinのみが入力されているだけです。 伝達関数は2つの信号から「推定」して求めます。 適応制御の分野では、このような未知の伝達関数を推定することをシステム同定と呼びます。

誤差信号が最少になるように収束

推定した結果には誤差が生じます。誤差のレベルはアルゴリズムによって差がありますが、 マイク入力信号に雑音が含まれていたり、FIRフィルターの性能なども理想的に見れば完全ということはないので誤差をなくすことはできません。

誤差信号 E(n) : 適応フィルター

適応フィルターは、FIRフィルターによってエコーを除去した結果に残るエコー成分を誤差として、 誤差が最少となるようにFIRフィルターの係数、伝達関数を逐次更新することで推定を正しい状態に近づける動作を繰り返します。

無音では同定できない

ここまでで明らかなように参照信号(スピーカー出力信号)やマイクから戻る信号が無い(無音)の状態では伝達関数は推定できません。 また、参照信号に音声が発生されてから、推定結果が安定的な状態になるまで(収束)には、僅かであっても時間が必要です。

音声通話機器のエコーキャンセラーは、回線がつながり通話が開始されると、 送話信号として送信される雑音で同定を開始しますが、一般に、通話機器の雑音は低減されていますし、 スピーカーからの雑音によって伝達関数が音響エコーをキャンセルするのに適した状態にはなりにくく、 第一声が発せられたところから追従(再学習)することでキャンセル性能を発揮することになります。

適応フィルターが収束するまでの過渡的な状態ではエコーが良好に抑制されません。

収束時間、係数の更新頻度

完全に未知の初期状態から目的の伝達関数に達する、収束するまでには、短いながら時間が必要です。 この時間は収束時間と呼ばれ、適応フィルターの性能評価の一つの指標となっています。

伝達関数の収束

収束時間は、初期状態から安定的になるまでの時間や、 動作中にスピーカーからマイクまでの空間の伝搬に何等かの変化が生じた時(経路変動)、 伝達関数に変化が生じた時に新たな伝達関数に更新されるまでの時間となります。

適応フィルターが、常に好ましい動作をするためには、収束時間は高速であることが求められます。

係数の更新と追従性能
FIRフィルタ係数の更新 : 適応フィルター

収束時間は追従性能を決める基本ファクターです。 追従性、時間を決定する要因はFIRフィルターの係数の更新頻度が関係しています。

一般に、実用されている適応フィルターでは、 処理演算量を節約するためにフィルター係数は音声信号の1サンプルごとではなく、 適度な時間間隔や何等かの条件によって変化するように制御されます。

フィルター係数の更新頻度を高速に行うと、 安定度が低下するアルゴリズムもありますので、更新頻度が高速であれば良いと単純に結論づけることができません。

フィルター係数の更新は、適応フィルターのアルゴリズムによって その必要性が異なるため、制御の事情のみにとどまらず、 基本的なアルゴリズムや目的とする性能に併せて検討する必要があります。

雑音、外乱とダブルトーク

適応フィルターのシステム同定は、入力信号と誤差信号によって 誤差を少なくしようとする動作をしていることはここまでに述べた通りです。 誤差を少なくするということは、適応フィルターの単純なモデルでは、 FIRフィルターで作った信号が入力信号を完全に打ち消すように残る信号(残差信号)の 中に参照信号の成分がゼロに向かうように誤差信号で収束させることになります。

出力信号の応答以外の信号が無い状態が理想的な状態であり、安定に収束しますが、 現実には環境の雑音や突発的な音が発生します。 これらは外乱ノイズと呼ばれています。

雑音、外乱の影響
外乱ノイズによるフィルタ係数の影響

システム同定は、マイクの入力信号から参照信号のエコー成分を推定しているため、 雑音や他の音が今後した状態になると、その信号音の中からも参照信号と相関性を持った成分を誤って抽出し、 打ち消すためのフィルター係数を算出するような動作をします(J-FHF方式はここの動きが他と異なりますが)

雑音など出力信号に由来しない音の成分を打ち消すフィルター係数は、 エコーを除去するのみならず、受話側の送信信号を劣化させる影響となって現れます。 外乱が大きく影響する場合には最悪、適応フィルターの係数は、発散し、音声信号が破壊された異音を発生する要因となります。

このため、適応型エコーキャンセラーを全二重回線の通話機器に用いる場合、 このような外乱ノイズによる音質劣化を避けるには、 雑音や突発的な音が発生しても誤ってフィルターの係数に適用しないフィルター制御上の仕組みや工夫、 アルゴリズム的に外乱に強い方式などが必要です。

外乱の対策
エコーサプレッサー

Echo Suppressor(エコー・サプレッサー)はNLP( Non-Linear Processor )とも呼ばれる 送話受話回線の音量比較によって、優先する回線を決定し、 非優先側の回線の音量を低下させることで音響エコーを抑制する 古い電話器などで利用されている技術です。

回路、信号処理が簡易に実現できるため、 現在のデジタル機器であっても利用されます。

用語と補足 : エコーサプレッサー

VAD (Voice Activity Detection)

音声通話信号のレベルに閾値を設けて音声回線の有効性を検出するような 音量による処理をVAD(ボイスアクティブティ検出)といいます。

多くの音響機器で採用されているLMS(Least Mean Square)NLMS(Normalized LMS)方式を基本とするエコーキャンセラーは、 外乱に対する改善がされている場合が多いのですが、 簡易な手段で実現するものは送話受話の音声レベルを比較して(VDAなど) 通話優先を決めてフィルターの更新を制御したり、適応フィルターのエコー除去効果を弱くしたり、 非優先側の回線自体の音量を下げるエコーサプレッサーのような動作をさせるなどの動作になっている可能性が濃厚です。

LMS/NLMSを基本アルゴリズムとする場合、 最終的なFIRフィルターの係数を制御する部分に全係数を一括して制御される仕組みの原型を残していることが多く、 この制御部分(学習係数μ)が不正になると、全フィルター係数が影響され、発散を回避するのが困難です。 このため、学習を止めるか、抑制効果をさせない、 さらに、効果の結果が思わしくない音を出さない、という対策に帰着しやすくなります。

NLMS方式は、適応フィルターの中では回路が簡易で済む有用な技術ですが、 エコーキャンセラーで応用する場合には、外乱に対する何等かの対策が必須となり、 追加的な制御は比較的難易度が高い可能性がある方式でもあります。

ダブルトーク(同時通話) = 外乱

外乱は受話側で発生する全ての音が相当しますので、送話受話が同時に発声するダブルトーク状態(同時通話)は、 大きな音量の外乱が継続的に発生しているような状態です。

ダブルトーク(同時通話) - 適応型エコーキャンセラーのしくみ

同時通話をすると先方の音声が途切れたり、音質が極端に劣化して聞こえる音声通話機器、システムは、 このような外乱に対する対応に課題を残しているものである可能性が濃厚です (そもそもエコーサプレッサーのみでエコー抑制とされている場合もありますが)

ダブルトークや外乱については「04.ダブルトークと外乱 - 技術と関連」も合わせてご覧ください。

システム同定 : エコーキャンセラーの技術と関連情報

適応型エコーキャンセラーの違いと性能 エコーキャンセラーの技術と関連 - エコーキャンセラーのしくみ 適応型エコーキャンセラーの違いと性能

適応型エコーキャンセラーは、ここで述べたように適応フィルター、システム同定によってスピーカーからマイクへの音響エコーを抑制します。 適応フィルターにはLMS/NLMSなど有名で実用されている技術が複数存在していますが、 多くの機器に搭載されているエコーキャンセラーは、外乱の対策などのために何等かの追加的アルゴリズムが付加されたものになっています。

適応フィルターのアルゴリズムの違いは、FIRフィルターの係数制御部にあり、 キャンセル効果、システム同定、収束の性能、計算方法による演算量に差があります。

  • 収束時間 : 高速であるのが望ましい
  • 安定性 : ロバストであること
  • 演算量 : 少ない方が良い
  • 外乱ノイズの耐性 : 耐性が高いこと
適応型エコーキャンセラーの性能、違い

演算量の差については、ワイドバンド化など、サンプリング周波数を高くする場合の演算量の増加の違いなども考慮する必要がある他、 フィルターのタップ長の違いによって収束時間の性能などが変化するので、 ご検討中の条件に適したタップ長での性能を考慮する必要があります。

エコーキャンセラーの場合、音声信号の音響エコーを同定するわけですが、 性能評価時にはピンクノイズやサイン波などで定量評価されることが多く、 適応フィルターの場合には、J-FHFのように有色音に対する優位性がある実用に適した方式もありますので、 できる限り実際の利用環境を考慮した評価方法を採られることをお勧めします。

高速、ロバスト、外乱ノイズに強いJ-FHF
J-FHF - 高速H∞フィルター

J-FHF方式は、高速でロバストなシステム同定を特長とし、 フィルター係数の学習係数が各タップごとに分かれているため外乱が発生しても 全タップの係数が発散方向に向かうということがない適応フィルターのH∞制御方式のアルゴリズムです。

J-FHFについては「01.J-FHF、高速H∞フィルター」のページ「製品の特長」のページなどを併せてご覧ください。

適応型エコーキャンセラー : エコーキャンセラーの技術と関連情報


Inter BEE 2014 参考出品の報告 - 幕張メッセ 2014年11月19日(水)〜21日(金)

放送用音声比較装置 ABE-2100Cを国際放送機器展に参考出展しました。 ご来場ありがとうございました。

Inter BEE 2014(国際放送機器展) 放送用音声比較装置 ABE-2100C (Sound Comparator) 参考出展の報告

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