防災無線放送の課題といえば、 まず、「聞こえない」=難聴エリアの解決が思い浮かびます。 広い市区域の放送において「聞こえない」場所をなくし、 災害時や緊急時にできるだけ、もれなく、市民に注意を喚起し、 情報を伝えることは優先的な課題であることは明白です。
一方で、「聞こえない」を解決するために単純にスピーカの数を増やし出力を上げれば、 子局のスピーカ近くの住民や、複数のスピーカからの音が到達しやすい場所においては、 日常の放送が「うるさい」という問題が発生します(現在でも発生しています)。
防災行政無線放送は、子局の設置可能場所が制限され、 多数の子局による市街地の音達を良好に放送できるようにすることは難易度が高い問題です。
これらの問題に取り組むにあたって、 まず、最初に行われることは、自治体による要望・苦情の受付やヒアリング、 音達試験(試験放送を測定して音量を計測)による実態調査でしょう。 問題の存在と状態を知ることが解決への第一歩です。 いわゆる誠意のある住民への対応と実直な測定調査などを地道に積み上げることによって 問題は次第に改善に向かうだろうという期待は誰もが考えます。
しかし、手間の問題ではないかと想像されるヒアリングや測定調査は、 意外に思われるかもしれませんが、実態を把握することも、 問題解決に向けた手がかりを得ることも難しい問題を含んでします。
まずは、ヒアリングや音響調査について考えてみましょう。
「聞こえない」(難聴エリア)や「うるさい」(過大音量エリア)をなくすためには、 市区内の実態を知ることがファーストステップとなります。
要望+ヒアリング+音達実験+予測(音響工学的アプローチ)
すでに市民の苦情や要望として声が届いている場所だけでなく、 課題に取り組む以上、広く万全に解決したいという期待を満たすには、 さらに、住民に対するヒアリング調査、試験放送と測定によるサンプリング調査などを行い 「聞こえない」場所を洗い出したいところです。
しかしながら、広い市区内の隅々まで網羅的に把握することは、 きめ細かなヒアリングを行っても不十分になりそうなことは誰もが想像するところです。
防災行政無線放送の「聞こえない」、「うるさい」の問題改善は、 住民がいる場所、人が行く可能性が高く、 放送が聞こえる必要があると考えられるところに範囲を絞らなければ、 人的リソースや予算から考えても、とても実現不可能です。 むしろ、現在の行政の在り方としては、最少の予算で必要な改善効果を上げる方法を 追及すべきであると考えられることでしょう。
それでも、行政サービスにとって、住民の声は重要かつ真実を反映するものであるはずです。
住民から要望や、放送上の問題が発生していると考えられる地域で行われるヒアリングによって、 網羅的ではないにせよ、住民が日常的に定時放送などに感じている 「聞こえない」「うるさい」といった実態がつかめるはずです。 ところが、たとえヒアリング調査に協力的な住民が多い場所であっても、 結果から実態を把握することは、実は容易なことではありません。
生活の違い(自営業と勤務先がある人、夜勤など)によって、 日中は勤務先で仕事をしている人と一日じゅう自宅で過ごす人では、 放送を耳にする機会が全く違います。
住宅の違い(木造と防音性の高い中高層のマンションなど)による差も顕著なため、 地域住民一帯のヒアリングなどでは要望すら一致しない事態も発生します。
防音性が高いマンションの住民は「うるさくない」、 むしろ「聞こえない」という意見になり、 木造の住宅からは非常に「うるさい」という意見がでるなど、 近隣住民のヒアリングは、回答者個々の事情を考慮せずに一様に実施するだけでは実態がつかめません。
さらに、調査したい対象が、公共の場所や、住宅以外の屋外の場所を含む場合は、 住宅地のようにヒアリングによって意見や要望を集めることすらできない可能性が濃厚です。 そのような場所では「聞こえるはず」の「聞こえない」場所は住民には判断できないかもしれませんし、 「うるさい」場所は、住居ほどには意識されていないでしょうから、 積極的なヒアリングをもってしても実態を把握することが難しいエリアとなります。
このような場所については、ヒアリングや要望に加えて、 自治体が音達試験の測定調査によって実態を把握することが必要となります。
音達試験を実施して音響測定を行えば、測定場所でどれだけの音量で放送されているのか定量的につかむことができます。 住宅の中までは調べられないにしても、住宅や生活の違いに起因する住民の意見の違いもなく、 客観的な数値は、音達実態の改善への指標として好ましいでしょう。
音響測定は、どこを測定すれば市区内全域を把握することができるでしょうか? 100m置きに全ての道路をくまなく測定するというわけには行かないことは理解できます。
では、適当な街角を標本調査として測定すれば十分といえるでしょうか?
測定数を調査対象(市区内)に対して十分な状態にすることはコスト的にも難しそうです。 ということは、問題の把握という面において音響測定の標本調査によって全貌をつかむことはできないことを示唆しています。
問題のありそうな場所を予想し、測定を実施することで、 予想と現実の差や一致は確認することができますし、 問題があると判明している場所の音量を定量化することには適していますが、 完全な範囲の測定はできないために、対象区域の全域について実態を知る目的は叶いません。
音響測定による調査は定量化のために必須といえますが、 調査目的での測定の場合には、測定すべきポイント、エリアを的確に予測する必要がありそうです。 防災無線放送の音響測定についての制約や難しい面については、さらに後述します。
住民からの苦情や要望がある場所の確認と定量化や、 子局(スピーカ)近傍での音量は定量化することは実現できそうですが、 それ以外の的確な測定ポイントはどのように予測すればよいでしょうか?
子局から一定間隔で一定の距離まで放射状に測定点をとりましょうか?
それでは、子局がそもそも不足しているような地域は測定も対象外になってしまいますし、 市区のスピーカは数百に及ぶため、広く測定数が多くなりすぎます。 局所的に測定方向から外れた「聞こえない」場所は見つけられないかもしれません。
ということは、規則的なルールで測定点を決定することができないということが予想されます。
規則的ではないのであれば、 担当者の主観や勘、経験から適当に測定点を決める他ないということでしょうか? それは的確だと誰かが判断できるものでしょうか? 確度の違いはあれ、誰かが予測して測定点を選んで測定を実施しなければ定量化すらできません。 しかも、限られた場所の限られた条件下での測定結果が得られるというのが現実です。
せめて、測定するポイントを選定するための目安となるものでもあれば、 音響測定による定量化と的確な測定点の選定が実現できます。 現在、この目安となるものは住民の声や過去に測定した測定結果に拠っています。
そこで、ARIは、この測定点の選択にコンピュータのシミュレーションによる予測を利用しようと考えました。 コンピュータの計算結果は、実測値と全く同一の結果は得られません。
これは、計算条件の与え方や、計算と実測側の誤差など要因はいくつか挙げられますが、 それでも、許容範囲内の近い値が得られれば、測定ポイントを選定する目安(問題が発生している場所)になります。
シミュレーションによる目安、予測が現実と近い値であるならば、 実測できない、していない場所についても計算結果から予測した結果は、 現実に同程度近いものである可能性が出てきます。 このことは、地区全域を細かく網羅的に測定した結果が予測できることも意味します。
懸念される場所が計算結果から的確に予測できれば、 その場所を音響測定によって実測することで、 問題点を必要な場所に限定してピンポイントで確認することができます。
ここまでで述べたように、 住民のヒアリングや要望、音響シミュレーションを取り入れた予測と音響測定による実測を行うことで 広範囲な防災無線放送の「聞こえない」「うるさい」という問題の発生している場所を確度高く予測し、 定量化することができます。
実態が予測でき、問題が把握できれば、改善の検討や施策も的確なものにすることができます。
次のページでは、防災無線放送の音響測定に関して述べます。