通信系・音響系の時変システム同定に要求される高速性と計算量はトレードオフの関係にあり、 計算量を抑え、かつ安定で追従性の早い同定アルゴリズムが望まれていました。
適応フィルタによるシステム同定は、音響制御用途では、次のような分野で利用される技術です。
エコー キャンセラ | |
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ノイズ キャンセラ | |
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ハウリング キャンセラ | |
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この他にもサラウンドシステムの音場補正、ヘッドホンやスピーカの音響特性補正、立体音響再生のクロストークキャンセルなどにも応用することが出来ます。
音響技術におけるシステム同定とは、未知の音響空間、音場に音声が入力された時に出力される特性を算出することです。 上の例のように音響分野でのシステム同定の応用範囲は広く、DSPなどの信号処理技術によって実際に工業製品で実用されています。
システム同定における適用フィルタは、フィードバックを伴う能動的な処理によって、入出力特性の変化に動的に追従する仕組みです。 このような適用フィルタは、特徴として変化に対してすばやく追従することが求められますが、一方出出力にかかる外乱に対して安定的に動作する必要もあります。
そのため、システム同定の性能評価は、次のようなポイントで評価されます。
収束性 | 高速に同定が完了する |
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追従性能 | 経路変動に瞬時に収束する |
ロバスト性 | 外乱に対して安定、頑健 |
演算量 | 実時間処理の計算量が少なく実装コストが低い |
システム同定に利用される適用制御処理には、複数の方式が発明、提案されていますが、工業製品において実用するには、計算の収束速度の速さや演算量によって、製品に実装されるDSPやハードウェアで実時間処理が可能か(リーズナブルな演算量で)といった条件が伴います。
一般に信号処理の計算量と性能は比例する傾向にありますが、システム同定の演算方式も同様に計算量が多い方式が性能面で有利に働く傾向にあり、 製品に搭載されるDSPでリアルタイム処理を可能にしながら、性能を向上させるようなアルゴリズムや実装、応用技術の工夫が行われています。
従来から利用されているLMS(Least Mean Square)やNLMS(Normalized Least Mean Square:学習同定法)は、計算量が少ない方式として優れていますが、収束性が遅いために音響用途での時変システムの同定にはアルゴリズムとして十分な性能で実現することは難しく、様々な工夫が試みられています。
一方、収束性の優れた演算アルゴリズムの場合、例えば、RLS方式を音響用途に利用しようとすると、高次のタップ数、演算量が要求されるため、製品に採用されるDSPの性能やコストで実時間処理を実現することは困難です。
実利用面でシステム同定の方式を評価すると演算量と性能のバランスに課題があり、実際に望まれる性能を満たす実時間処理可能なシステム同定技術は実現されていません。
システム同定の性能と計算量のトレードオフ課題に対し、ハイパーH∞(H-Infinity)フィルタを基礎とする計算量の少ない高速同定アルゴリズム「高速H∞フィルタ」が考案されました。
ハイパーH∞フィルタを用いる方式はロバスト性と追従性に優れていますが、そのままでは計算量が多く、音響系システム同定の実時間処理を実用するには、演算量の面で適しているとはいません。 そこで、ハイパーH∞フィルタの計算量を削減し、音響系のシステム同定においても実時間実行を可能とする高速アルゴリズムとして「高速H∞フィルタ」が提案されました。
先に述べたようにシステム同定の方式評価は、演算量と性能のバランスが実用に適したものがアルゴリズムとして望まれています。 そのため、高速H∞フィルタ(FHF:Fast H∞ Filter)は、演算量が適度な範囲に収めながら、同定性能が良いというアルゴリズムを実現することを目的に開発されています。
従来のNLMSと高速H∞フィルタの同定性能を誤差信号の2乗平均値で比較したものが右図のグラフです。 同条件下での実時間処理による計測結果ですが、高速H∞フィルタの収束速度が非常に速く、減衰量も多いことが確認できます。
このように高速H∞フィルタは時変システムの同定に必要な高速性やロバスト性と言った性能を満足する手法であり、これまで実時間での同定が困難であった音響系の同定に応用することが可能となります。
エコーキャンセラ | 音声信号で高速に同定 同時通話(ダブルトーク)に対しても安定、頑健 |
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ノイズキャンセラ | 周囲環境の変動に高速に追従 外乱に対して安定、頑健 |
ハウリングキャンセラ | マイクの移動(経路変動)に対して瞬時に追従 発話時も安定、頑健 |
その他 | 音場補正、音響特性補正にも高速かつロバストなシステム同定法として応用可能 |
高速H∞フィルタを使うことによってシステム同定の性能が上がり、適応フィルタを使用した音響技術の性能を改善することが期待できます。
発明の名称: | System Identification Method |
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登録番号 : | United States Patent, No.7039567 |
出願人 : | JST(科学技術振興機構) |
関連特許 : | 特願2000-323958、特願2005-513012、PCT/JP2007/058033 |
弊社は「高速H∞フィルタ」、「J-高速H∞フィルタ」関連特許の使用権を保有しています。
高速H∞フィルタ(FHF)の詳細については、
K.Nishiyama;“An H∞ Optimization and Its Fast Algorithm for Time-Variant System Identification”,
IEEE Transaction on Signal Processing, vol.52, 5, pp.1335-1342, May 2004
をご参照下さい。